97 君の虹 ボクの虹
96 虹の大きさ
95 虹を探しに
94 旅行のまとめ
93 記憶が輝き始めるとき
92 やっとやってきたノーザンライト
91 しばしの日向ぼっこ
90 羊飼い3
89 羊飼い2
88 羊飼い1
87 たどり着いたらそこは残り火
86 家作りのこと
85 水の誘い
84 夕焼けの競演
83 ウサギたちの驚き 後編
82 ウサギたちの驚き
81 風呂敷の空
80 彩雲と暮らす日々
79 お日様の働き
78 蓮の精たち
77 トロイの木馬を求めて
76 昼間に満月を探すこと
75 再び光の館へ
74 水の心
73 私の仕事場
72 ライアの講座
71 やっぱり 桜との戯れ
70 疲れたよ〜
69 白い妖精たちとの日向ぼっこ
68 ドイツ旅行<メルヘンの教訓>
67 何とか間に合った!(?)
66 一休み
65 結局また来てしまった…パート2
64 結局また来てしまった…
63 影と地平線
62 流れ
61 逃がした魚は大きい
60 秋の道草
59 お月様いくつ?十三七つ
58 フラッシュバック
57 自己研修
56 それは決まってカメラを置いてきた時
55 光の夢
54 夏の夕暮れの夢
53 夏の祭り
52 日々の楽しみ
51 青い風と白い蝶
50 相変わらず若葉酔い
49 若葉の迷い
48 水の命
47 再び影との語らい
46 トリオ
45 ドイツ語
44 ニュールンベルク玩具メッセ
43 影を追いかける
42 日向ぼっこ
41 ハレ
40 浄化の火
39 迎え火
38 ただ何となく
37 秋の展覧会
36 つれづれってる(?)今日この頃
35 物作り
34 空は開けた
33 ゴジラたちのふるさと
32 影送り
31 ある夏休みの日々
30 子供たちの絵
29 教室の子供たちとのこと
28 梅雨は青い帽子をまとって
27 海の散歩でのつぶやき
26 撮影したいもの
25 新芽
24 春の目覚め
23 トイ・メッセ
22 ペロルのルーツ
21 ドイツ旅行・2
20 ドイツ旅行・1
19 そうそれはある一日
18 冬に悩むこと
17 冬の日ざしの下で
16 煙の色は七変化
15 虹の中心を探しに行こう
14 おまつり
13 思い違いと秋の影
12 秋の日の水日溜りにて
第11回
第10回
第9回
第8回
第7回
第6回
第5回
第4回
第3回
第2回
第1回
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第7回
そうこうしているうちに、夏がやってきました。昔は梅雨明け宣言が気象庁より早かったのが自慢でしたが、最近は、できるという雑念に曇らされてしまって混乱していました。でもあきらめかけた今年、ふと夏のにおいを感じました。その日が梅雨明けの日でした。来年は無心になれないと思うのでわたしの梅雨明け宣言は無理でしょう。
ところで、今年は例年になく早く夏になりうれしい限りです。それというのも勝手な話ですが、数年前から夏について新たな感覚を持ったので、そのことを確かめる時間がたくさんあることもうれしいです。もちろん、子どものころから夏休みというのはとても楽しいもので、蝉の鳴き声とともにその懐かしさが想いかえされます。でも、最近、この夏の蝉と懐かしさの感覚は、深い影の中にあるような気がしています(夏になった今、なんとなく意識が影のほうに行き、そこはかとない深さと静けさを感じる)。それは、丘陵を歩き、汗をかき、大きなパラポラアンテナの影の下で大の字に寝っころがってしまったからでしょうか。それは、長い距離を走り終え、下を向き汗のしたたるままにまかせて、自分の息と鼓動だけを聴いている感じにも似ているし、最近では、スエットロッジ(アメリカ先住民のサウナのやり方)のあと、外の自然に触れた感じにも似ています。
―白い雲がやけに輝いていたなあ―
―意識は多分あそこにあったんだろうなあ―
そう、夏というのは秋の日差しと夏の暑さのミックスが絶妙な感覚を生み出すのだろうと感じていて、それを確認したい感じがあります。 それも、R・シュタイナーの書いた魂の暦(『らせん教室通信』参照)から季節のイメージを学んだこと、光がまず変化する、という考えを学んだことによります。40歳を過ぎるまでついぞたどり着かなかった考えです。
さて、問題を出していました。 その答えは、水面に映る岸の草原です。ヒントは、画面左上に水の中から草が顔を出していました。水面に何か映っているといってくれた方もいらっしゃいました。よく見るとアメーバーのような、丸が変形した物体の中に草の像が見られます。不思議なことに、水面の波は全てのものを丸く囲う性質があります。 福岡市の南区にある溜池で、天気のいい日曜日に撮りました。走っていると、太陽の反射したきらめきが、キラキラしながらついて来てくれた、鮮やかな、輝く、まさに〈日〉曜日でした。
考えてみると、つれづれといいながら結構固まってしまっていて、光オタクのページのようになってしまっています。でもわたしが結局皆さんにわかってほしかったのは、わたしたちが普段見ているものが実はまったく違ったものとしてみることができる、ということなんです。そして、気づいてほしかったのです。「わたしたちの身の回りも捨てたもんじゃない。すぐ目の前に不思議な世界が広がっているんだ。」って。そういう意味で水面というのはとにかくふしぎな物です。
この写真は、曇った日の海の水が少し濁っている水面です。曇った日の水面は特にではどんよりと、一見まったくきれいでもなんでもありません。でも、意識を変えて、濁った水面だという先入観を捨てて、反射だという意識を捨てて(結構集中と時間がかかります)、その色合いだけに意識を向けると、とたんに極彩色の絨毯が現れます。でもその時には、水面が反射している感じや波が立っている感じがなくなってしまいます。そして、ただただ、その色合いに見入ってしまうのです。
わたしたちは、反射というものの見方によって、本来そこにある色が見えなくなっています。それは常識的な物の見方によって、本来あるべき姿が見えなくなっている状態に似ています。確かに、常識は日常生活を安心して送る上で必要なことですが、自分が見えている世界と違う世界があるかもしれない、というやわらかい考え方を持っていただけたら、見るという行為が、単に受身の行為だけでなく、積極的なものでもある、ということを理解していただけたら、新たな世界が広がるかな、と思います。
 わたしたちの眼前に広がる世界は無限の情報を含んでいます。わたしたちの中にイメージできたものが、一つ、また一つと明らかになってきます。このありきたりの水面の中からも、たくさんのことを見出すことができます。
今度の日曜には東京に行き、子どもたちや大人の方たちと活動してきます。 今までのような話はこれくらいにして、違う話題に移りましょうかね。
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